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小児科医の少年時代コラム4 「バケツ」

コラム4  バケツ

幼稚園に通っていた頃のある日、母から生ごみ用のポリバケツを洗うように頼まれた。
「いい子だから、このバケツをお風呂の水で洗っといてね」
ひからびた生ごみが黒ずんでこびりついていた。臭くて正直やりたくはなかった。でもしょうがない、我慢してやることにした。

両手の指でつまんで風呂場に持って行った。これをどうやってきれいにするか、思案した。浴槽のふたを取ると澄んだ水がたくさん汲んであった。それを見てパッとひらめいた。
『そうだ、ここに沈めておけばいいんだ。お母さんだって湯呑を漬け置き洗いしてるじゃないか!』
ひからびた生ごみもそのうちにふやけて落ちやすくなるだろう、そう思ってバケツを丸ごと浴槽に沈めたのである。ふたを元に戻し、居間で遊びながら待つことにした。

ところがである、しばらくして風呂場から母の叫ぶ声がした。
「あーっ!何やってんのよ〜」
お風呂の湯加減をみるために母が浴槽のふたを取ったのである。そこには湯船に広がる生ごみと、ポリバケツが浮いていたのだった。母が何のことを言っているのかピンとは来なかった。だけど、どうやら自分がへまをやったらしいことだけは想像できた。

せっかくお手伝いしたのに母からなじられた。何の悪気もなかったのに。言われたとおりにやったのに。幼稚園児にとっては、お風呂の水と言えば浴槽の水だ。風呂場に汲み置きしてあった昨日の残り湯のことだったとは思いもよらなかった。それならそうと言ってくれなくっちゃ、子どもには分からないんだよ。ずっと後までブルーを引きずった。