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小児科医のコラム10 溶連菌感染症

コラム10 溶連菌感染症

よく「溶連菌」と言われるのは、溶血性連鎖球菌の略である。その名の通り血液を溶かす毒素を産生し、顕微鏡で観察すると球形の細菌が数珠のように連なって存在しているのが見えるのである。扁桃腺炎の主な原因であり、発熱、咽頭痛、鼻づまりなどの症状が出る。細菌感染症なので、とうぜん抗生物質の治療が必要となる。しかも、がっちり治療しないと再発したり、リウマチ熱や急性糸球体腎炎といった重篤な後遺症を残すのである。だから小児科医は常に見逃さないように注意して診察しているのである。

時に診断が遅れると、毒素が全身に蔓延して体に発疹が出現する。こうなると猩紅熱(しょうこうねつ)と呼ばれるのであるが、迅速に診断する検査法や早期の治療が功を奏して、最近ではめったに見かけなくなった。しかしながら、こともあろうに私の娘がこれになったのである。

大学病院に勤めていた頃、私の帰宅時間は毎日のように遅くなった。くたくたになって帰ると、家の灯りは消えていて、家族みんな寝静まっている。家内は子どもたちを寝かしつけていると、そのまま一緒に眠ってしまうのだ。当然である。家内も疲れているのだ。家のことは何もかもまかせっきりなのだから。

そんなときは、家の灯りをつけ、テレビをつけ、一人で晩酌を始める。お決まりのスポーツニュースをやっている。ようやくホッとくつろげる時間である。そのうちに人の気配を感じて家内が起きて来て夕食を出してくれる。こんな光景はなにも我が家ばかりではないだろう。おそらく世の中のかなりの家がこんなものなのだろう。

ある晩のこと、起きてきた家内が夕食を出しながら言った。娘が熱を出してノドを痛がっているというのだ。どうしろというのか。診察しろというか。私はやっと一息ついたばかりなのだ。内心うんざりである、家に帰ってまで…。おそらく、胸の聴診したって何の異常もないだろう。口の中を見たってしょうがない。たとえノドが赤くなっていても、こんな夜中じゃあ薬だって手に入らない。しかも、娘はすでに寝てしまっているのだ。具合が悪くてもせっかく眠れたのだ。起こせば泣くだろう。泣けばまともに診察もできない。子どもがかわいそうだ。子どもが熱を出すのはあたりまえ。風邪をひいただけでもノドが痛くなるもんだよ。私は、「水分摂らせて安静にしていればそのうちによくなるよ」と言って晩酌を続けた。

次の日、家に帰ると、まだ熱が出てノドを痛がっているとのことであった。そりゃあそうである。風邪が一日で治るなんてことはない。数日かかるのがふつうである。娘はもう眠ってしまっていて、診察するのもままならない。私は、「水分摂らせて安静にしていればそのうちによくなるよ」と言って晩酌を続けた。

また次の日も、同じような押し問答が繰り返された。風邪が二日で治らないことだってよくあることだ。娘はもう眠ってしまっている。私は、水分摂らせて安静にしているように言って晩酌を続けた。

さらにその翌日になっても具合はよくならず、体に赤い発疹まで出て来たのである。さすがの家内も心配になって近くの小児科を受診したのであった、私のいない昼間に。

その日の夜も私は帰りが遅くなってしまった。くたくたである。しかし、見ると家の灯りがついている。どうやら今日は起きてくれているようである。家内は私の帰りを今か今かと待っていたのであった、私に報告するために。発疹が出て受診したことを、診断は猩紅熱と言われたことを、抗生物質を処方されたことを。そして最後に吐き捨てるように言った、「医者から叱られた」と。「何でこんなになるまで連れてこなかったのか」と。

その後、私がどのような扱いを受けたでありましょうか………(涙)。

かえすがえすも口惜しい思い出だ。私は声を大にして言いたい。
「おのれ溶連菌め、もう絶対見逃さんからな、覚えてろ!」


同業の医者にも言いたい。 「だめだよ、患者さんに向かって『なんでもっと早く連れて来なかったのか』なんて言っちゃ!」
「誰も好き好んで遅くなったんじゃないんだから!」

(なお、この文章の一部はフィクションであり実在の人物とは何の関係もありません、ということにしておいて下さい)