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小児科医のコラム24 東行き16.4 ―番外編―

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コラム24 東行き16.4 ―番外編―

(この番外編を読んだ方から、たとえ嫌われることになっても仕方ありません、ダーティーな話なので。だから、食後にお読みください。でも、いつか、どこかで、だれかの参考になるものと信じます。)

「こちらは、東行き16.4の電話から電話しているものですが…」
私は北関東自動車道「東行き」車線の非常電話からロードサービスに救援を頼んだ。急に車が故障したのだ。およそ三十分で到着するとのことであった。外はあいにくのどしゃ降りである。それまで車内で待つことになった。これまでにも車が故障したことがあったが、たいがいは壊れるのは突然にである。もっとも、前ぶれがあるようなら事前に修理するから故障などは起こらなくてすむのだ。突如お手上げになってしまうと始末が悪い。

待つのはいいが、この先どうなるのか不安だ。寒い。なかなか落ち着いてはいられない。困ったことに、私には生理的欲求が出てきてしまった。しかも、「大」の方である。まあ取りあえず我慢してみることにした。こういう時は「お猿のかごや」を歌うのがいいそうである。テンポが速いので気がまぎれると、いつかテレビ番組で言っていた。うろ覚えの一番を何回か繰り返し暗唱した。しかしながら、それは一向におさまるどころか、その逆であった。
うーん、どうしたらいいか。高速道路上で身動きが取れないのだ。どうしよう、どうしよう。そうだ、あれだ、あれがあったはずだ。私はコンソールボックスの中を探した。あった。急な下痢に飲んですぐ効くという薬。こんな時のためにと思って、もう何年も前に買ってあったのだ。幸い一度も使うことなく済んでいたから、すっかり忘れていた。早速一錠飲み込んだ。水なしでも飲めるとのうたい文句通りであった。飲んでしばらく待ってみた。残念なことに、私の生理的欲求には何の変化も現れてこない。全然効かないのだ。私は落胆した。思えば買った時より薬の黄色がいくぶん薄くなっている。有効期限が過ぎて効果がなくなったのか。こんな時に、そんなこと考えてみたって何の意味もない。

ロードサービスは三十分かかるという。来てから修理が始まる。すぐ直るのだろうか、もしそうでなければどこかに連れて行かれるのか、わからない。頼んでトイレに連れて行ってもらうにしても、近くにサービスエリアなどはない。まずはインターまで行って、高速を降りてから、どこかコンビニでも探さなければならないのか。それまで、どれだけ時間がかかるであろうか。気の遠くなるような話であった。ロードサービスよ早く来てくれと心の中で叫んだ。

しかし、果たしてトイレにたどり着くまで体がもつだろうか。確証はない。相当な苦痛を耐え抜かなければならない。だけど、とてもそんな自信はない。じゃあどうするか、私は重大な決断を迫られた。ここで「する」か。そうとあらば、まごまごとはしていられない。ロードサービスが到着してしまう。その前に何とかしなければ。

どうやってするか。いったん車外に出てみた。どしゃ降りである。高速道路からは、あちこちに人家が見える。南向きの大きな窓が正面をこちらに向けていた。高速道路上に車が停止していれば、何事かと思って注目するだろう。気付かれたら最後、丸見えだ。とても人に見せられる姿ではない。すぐに助手席にもどった。

私は後ろを振り返って車内を見まわした。車はワンボックスのワゴン車である。二列目と三列目の間を広げればどうにかなるか。後部座席に乗り換えて、しゃがむスペースを作ってみた。もうこうなったら、ここで「する」しかない。迷っていたって無駄なだけだ。こんな時は即刻決断した方がいいのだ。室内には使い古したティッシュボックスが落ちていた。中身はほとんどない。全部取り出してみた。ほんのわずかしか残っていない、こんな時に限って。これではせいぜい一回分にしかならない。ティッシュボックスを広げてボール紙の受け皿にした。
私はスライドドアを開けっぱなしにして、風通しを良くした。そして窓のカーテンを閉め切った。しかし、後ろのだけは開けておかなければならない。ロードサービスが来たかいつでも確認できるためにだ。

一回で終わらさなければならない。渾身の力でいきばる。いろいろな思いが交錯した。息でメガネが曇った。涙を手で拭って、恐る恐る股の間をのぞいて見た。その物体は無事ボール紙の上に落下していた。よかった、そう思った瞬間、私はその物体に目を奪われた。あまりにも見事な造形なのである。これこそがウ○チという形である。イメージ通りの形、まさに芸術的と言ってもいい。しかし、なんで今、こんな時に。皮肉なものだ。ゆっくり鑑賞している場合ではない。

田舎の香水の匂いが立ち込めた。こんなにこの匂いを感じるのは久しぶりである。そうか、いつもは水洗トイレだから、落下した途端水没する。だから匂いをまき散らすことはないのだ。水洗のありがたさを知った。しかし、こんなこと考えている場合ではない。今ロードサービスが来たらと思うと、おぞましい光景である。

どうにか始末しなければならない。この物体とティッシュペーパーがのったボール紙の両端を、お盆を持つように両手で持った。落っことさないようにバランスを保って車外に出た。ガードレールから放り投げるのだ、できるだけ遠くに。ボール紙を振り子のように勢いよく振り出そうと思う。だが、もし手もとが狂って、その物体が私の顔に飛んできたらと思うと、心配で手がすくんでしまう。恐る恐るボール紙を振り出したら、その物体は飛び出すどころか、真っ逆さまに下に落ちて、道路ののり面をコロコロと転がって草むらの中に入って見えなくなった。どしゃ降りの雨が水洗トイレの役を果たして、匂いを消してくれた。ところが、まずいことにティッシュペーパーは宙を舞って、すぐ近くの枯草の枝に引っかかってしまったのである。これをロードサービスの人が見たら何と思うだろう。まだ真新しいティッシュペーパーである。そんなものが今ここに捨てられてあるなんて、いかにも怪しい。犯人は私しか考えられない。私がなぜティッシュを捨てたのか。外に捨てるほど汚かったのはなぜか。いったい何をしていたのか。ロードサービスの人が想像力をたくましく働かせれば、しまいには私の先程の行為に感づいてしまうのではないだろうか。私は気を揉んだ。

ドアを開けっぱなしにしていたので車内の匂いもなくなった。私は助手席に乗りこんでロードサービスを待つことにした。しばらくすると、雨で煙った向こうから赤色灯を装備した車が近づいてくるのが分かった。ときどき見かけるブルーのレッカー車であった。私は助手席から降りて行って、ロードサービスの隊員になにくわぬ顔であいさつした。すると、もう一台後から来るからそれを待つようにと言われた。先に来たレッカー車は、危険を知らせて追突事故を防ぐ役割であった。しばらくして、二台目が到着した。車を積載できる大きな車であった。その車から降りてきた隊員に故障の経緯を話すと、わき目も振らずに車の点検を始めた。私は濡れそぼつティッシュの前に立ちはだかって、その作業を見守った。

(私のような窮余の決断、しないで済むに越したことはありません。でも、その危険はどこにでも潜んでいます。気を付けたいものです。なお、ひき続きもう一度後編を読み返して下さい。ちがった感慨にひたりながら読めると思います。)