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小児科医のコラム68 無言電話

コラム68 無言電話

家内は覚えてないかもしれない。いや、忘れてもらっていたほうがいい。でも、私にとっては忘れがたいのだ。別にやましい話ではないのだが…。

二十五年も前のことである。我が家に無言電話が掛かってきたという。帰宅したら家内からそう聞かされた。電話に出ても相手は無言。しばらく沈黙が続いたあと切れてしまったそうである。私にはそんな嫌がらせを受ける覚えはない。どうしたんだろう、気味が悪い。不審に思っていると家内が続けて言った。少したって二回目が掛かって来たと。出たらまた無言。沈黙が続いた。しかし、最後に一言、
「……わたしの昭夫さんをかえして……」
と言って切れたというのだ。何なのかしらと家内に聞かれたが、こっちだって分かるわけないじゃないか。

単なるいたずらか、それとも嫌がらせか、家庭内不和が目的か。こりゃまずいと思った。家内に余計なこと詮索されはしないだろうか。だけど、私にしてみれば何もやましいことなどはない。だとすると、これはもしかして嫉妬か。それ程この私に男性的魅力があるっていうことか。つまり、俺もまだまだ捨てたもんじゃあないってことだ。そう考えたらまんざら悪い気はしない。私は家内に悟られないように心の中で破顔一笑した。

まさかとは思うが、私に熱をあげた人がいたのだろうか。いなかったとは言い切れない。いや、そんな奇特な人がいたかもしれないのだ。嬉しいじゃないか。せめて自分だけはそう思うことにしよう。どこのどなたかは存じ上げませんが、よくぞお電話してきてくれました。本当にありがとうございます。お陰様で、ほんのちょっぴり自信を取り戻すことが出来たのですから。