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小児科医のココロ04 食物アレルギーについて

04 食物アレルギーについて

食物アレルギーはイジワル
 食物アレルギーは、特定の物を食べることでアレルギーの症状が出現します。蕁麻疹、むくみ、嘔吐、腹痛、下痢、呼吸困難、血圧低下などです。当然、原因となる食材を適切に避けなければなりません。まわりの人がおいしく食べていても、患者さん自身はそれを味わうことができないのです。しかも、現在の医療ではすっきり簡単に治すことは期待できません。例外的に乳幼児の鶏卵、牛乳、小麦、大豆のアレルギーの多くは成長とともに自然に食べられるようになることが分かっています。しかしそれ以外の物では食べられるようになる確率は低く、さらには食べられるようになるかさえも分かっていない物がほとんどです。つまり、下手をすれば一生おあずけということになるのです。なんてイジワルな病気なのでしょう。

食物アレルギーが怖がられる理由
 食物アレルギーという病気は人をしばしば驚かせ、慌てさせます。なぜかというと、いきなり派手な症状が出るからです。唇や顔、体のあちこちが急にブワーッと腫れたり赤くなります。進行して体中にどんどん広がります。あるいは、吐いて急にお腹が痛くなったり、息が苦しくなることもあります。子どもは泣き叫ぶでしょう。急速に悪化する症状は本人だけでなくまわりの人をも恐怖に陥れます。だから多くは救急車で来院されます。救急車なんてよっぽどの事でなければ呼ぼうということにはなりませんが、この時ばかりは皆さんためらわずに119番されます。いかに焦ったかうかがい知れます。

 食物アレルギーに恐怖を抱くもう一つの理由として、2012年に調布市で発生した給食の誤食による事故があります。衝撃的な出来事だったので記憶に残っている方も多いと思います。乳製品に重篤なアレルギーを起こすお子さんが粉チーズ入りのチヂミを食べてしまって亡くなるというものでした。事前にアレルギーがあることが分かっていてもその場の緊急の対応が少しでも不十分だと不幸な転機になるのですから。なので、普段から正しい知識を持ち、それに基づいた対処を「迷わず即座に」実行する覚悟を常に持っている必要があります。この小文を読んでいる皆さんにもぜひ身に着けていただきますようお願い申し上げます。

アナフィラキシーショックの対処法
 もし自分あるいは周りの人が食物アレルギーを発症したり、さらには街中で遭遇したら、まずは重症度の判断を行ってください。息が苦しそうでないか、顔色の血の気が薄れて蒼白になってきてはいないか、意識が遠のいて来てはいないか。このようになるのはアナフィラキシーショックといって最も重篤な状態です。たとえ今はそうではなくとも時間とともに悪化していかないか、注目し続けて下さい。体を横たえて脚を高く挙げる体位をとるようにして下さい。血圧の低下を少しでも抑えるためです。人によっては緊急避難用のエピペンという注射を携行しています。あらかじめ医療機関で処方されるものです。患者さんや一般の方が注射できるような造りになっています。躊躇せずに使うことが非常に重要です。生死を分けるといっても過言ではありません。アナフィラキシーショックと判断したら一刻も早くこの注射をしてください、一刻も早く。自分がそんなことやってもいいのかと不安で気後れしたり、後ろめたい気持ちにもなるでしょう。誰でもそうなります。慣れている人などいません、医者である私とて同様です。勇気をふりしぼって決断するしかありません。もしそれが勇み足であったとしても責任を問われることはありません。おじけづいてしまって、とりあえず救急車が来るまで待とうなどと先送りにしないでください。事前に食物アレルギーについて学んで知っておくことをお勧めします。インターネット上で検索すれば情報がたくさん出てきますし、エピペンの打ち方を動画で見ておくこともできます。

食物アレルギーの実態
 食物アレルギーについていろいろと脅かすようなことを書きましたが、実態はどうなのでしょうか。厚生労働省の人口動態統計を参照すると、食物アレルギーで亡くなるのは多い年で4人(2017年)、少ない年で0人(2018年)となっています。極めて少ないということが分かります。一方、蜂毒や薬剤によるアレルギーはどうかというと2017年ではそれぞれ13人、24人です。こちらの方がずっと多いのです。だから、もし食物アレルギーの現場に遭遇しても、めったなことでは事故にはつながらないということを思い出してください。そうすれば少しでも慌てずに適切に対処してもらえると思います。

 ところで、蜂毒や薬剤のアレルギーによる死亡事故の方が食物に比べて何倍も多いのです。こちらの方に対してより気を付けた方がよいと言えるでしょう。ちなみに、カミナリでの死亡はどうかというと年間平均13.8人というデーターがあります(警察白書)。ということは、食物アレルギーで亡くなるのはカミナリに打たれる確率よりずっと低く、蜂毒や薬剤で亡くなるのはカミナリに打たれるのと同じくらいの確率と言えるでしょう。カミナリは全国で頻繁に発生します。落雷もしょっちゅう起こります。近所にでも落ちようものなら度肝を抜かれます。しかしだからといって人が犠牲になることはめったにはありません。もしカミナリが鳴り始めたらいち早く安全な場所に避難すればいいわけです。食物アレルギーも落雷みたいなものでしょう、毎度毎度お騒がせするけど極めてまれにしか事故にはならないし、適切に対処すれば防ぎようがあるという点で。

食物アレルギーの不思議
 そもそもアレルギー症状が出るのは、その食べ物に対して体が異常に反応する性質、つまり過敏性が備わってしまっているからです。この過敏性が体にできてしまうことを医学用語で「感作」といいます。この過敏性は生まれつきのものではありません。感作は生まれてから起こります。なので、これまでに一度でも食べたことがある物なら、その時に感作した可能性が考えられます。体がその食べ物を異物としてとらえて記憶してしまい、次に食べた時には異物から体を守ろうとして過敏性が発揮されるという訳です。

 ところが、不思議なことに初めて食べたものに対してもアレルギー症状が出現することがあります。いつの間にか感作してしまっているのです。象徴的な患者さんを紹介します。その子は男の幼児でした。赤ちゃんの時に不幸にも重い脳障害を被ったのです。そのため自分の口から飲み込むことができなくなってしまいました。よって、水分や栄養を与えるために鼻の穴から胃袋まで栄養チューブを入れたのです。そこからミルクや栄養剤を注入していました。ある時、その子の血液検査をすると驚いたことに複数の食材にアレルギーがあることが判明しました。ミルクや栄養剤には全く使われてはいない食材です。金輪際一度も体に投与されたことはありません。なのにどうして感作したのか、まったく分かりません。当時の医学でも解明されてはいなかったのです。

経皮感作による発症
 ところが、近年これまでの常識を覆す事実が判明してきました。それは経皮感作という考え方です。つまり、皮膚に付着した異物が体に侵入することで感作が成立するというものです。食べ物も例外ではありません。実際に家のホコリを分析してみると思いのほか高濃度に食べ物の成分が検出されることも分かってきています。家の外から食料を持ち込んで台所で調理して居間や食堂で食べる。その過程の中で食材が細かい破片となり、あるいは微細なしぶきとなって散らばり、乾燥してそれこそ目には見えない粒子となって家中にばらまかれる。台所に限らず寝室にまで及ぶとされています。当然のごとく知らない間にそれらに触れてしまうでしょう。そうすると、一度も食べたことがない食材でも皮膚からの感作が成立するということになります。前出の男の子には皮膚に湿疹がありました。湿疹は皮膚の炎症です。脆くなっていて異物が侵入しやすくなっています。そういうところから微粒子となった食材の成分が体に侵入し、感作した可能性が十分に考えられます。

食物アレルギーの予防
 もちろん経皮感作だけですべてが説明できるわけではありませんが、少なくとも皮膚が傷んでいるとそこから異物が侵入して発症してしまうアレルギーがあるということです。となれば、逆に言うと、皮膚を良い状態に保っておけばアレルギーの予防につながるということになります。一度なったらなかなか治りにくい食物アレルギーです。ならないに越したことはありません。日頃のスキンケアをお勧めします。とくにアトピー性皮膚炎は慢性に経過する皮膚の炎症です。ぜひとも適切な治療を継続して実践し、つるつるすべすべのお肌になっていてもらいたいと思います。アトピー性皮膚炎も新しい薬が開発されたり長期的な薬の使い方が分かってきたりして進歩しています。主治医の先生と二人三脚で取り組んでいただきたいと思います。

最後に
 食物アレルギーについては解明されていないことが多く一筋縄ではいきません。でも、知っておけば正しく対処できます。予防する道も開けてきています。正しく知って正しく恐れることが大事だと思います。これはなにも食物アレルギーだけの話ではありません。新型コロナウイルス感染症だって同じだと思います。

(信濃の地域医療 やさしい医学より)